セイヤも話題が尽きないですよね。ほんと。

来年からNetflix配信開始の新作が界隈で物議をかもしておりまして、一応セイヤファンなんで暖かく見守っておりましたけど、まず3DCGアニメかーという時点で見なくていいやと思ってましたすいません(正解するカドとか亜人とかの2Dに寄せたやつも含めてやっぱり好きじゃないよ)。

のんびり傍観してたら、設定の改変が海外ファンのあいだでも炎上したようで、件のチーフライターはTwitterで言い訳したものの結局アカウント削除という顛末らしいです。ツイ消しじゃなくてアカウントごと消すってどういうこったとも思うけど細かい事情までは知らんです。

まぁこの脚本家のコメントもつっこみどころ満載だったので致し方ないといえばそうなんですが、確かにいらんこというから余計炎上した感はありますよね。要するにポリコレ棒で殴られる前に安全策とったんですっていうおとなの事情の暴露でもなくて、原作の世界観やキャラクターポリシーへの理解の低さが露呈する筋のたたない言い訳だったっていうのは、それはもう濃ゆいファンがたくさんいる作品に対しての冒涜以外のなにものでもなく。よりによって瞬だもんね。一輝だったらむしろ歓迎されただろうに(笑)。

作品への冒涜以前にクリエイターとして「つまらん」とか思わなかったんだろうか。なんかさぁ同人誌以下じゃね?瞬が女性にされたっていうことより、そっち(つまらない)のほうがむかつくわな。クリエイターのプライドがないクリエイターとかうんこですよ。それクリエイターじゃないよ。

いや常々以前からいってることがあって、セイヤに限らずなんですけど…。ここから本題です。

わたし原作、つまりオリジナルをものすごく尊重というか重視というか、オンリーワンのものとしてものすごく特別にしておきたいんですね。動いて絵もきれいになって声もついて話も整理されてアニメ化すてき・すばらしいっていうのはあるとしても、その作品世界を生み出したこと自体に敬意を表したい。原作っていうのはすごく尊いし、アニメでも漫画とかラノベ原作がないオリジナルアニメ作品のほうが萌えなんですよ。サンライズとかボンズとか、オリジナルを頑張るアニメ制作会社は尊敬する!

つまり何がいいたいかというと、セイヤでいうと初期TVシリーズ含めたあまたあるスピンオフ作品もろもろ、原作以外わたしにとっては同人誌と同じってことで。だって二次創作だもん。だから、今回のこともわりかし一歩引いて設定変更自体はさほど憤ることもなかった。同人だったらにょたとかいろいろ斜め上なことがふつーにあるじゃん。同人誌だと思えば瞬が女になったくらいでは今更驚かんし怒りもせんわ。

原作へのリスペクトやオマージュなんかを感じられる部分がある作品は好きだし応援したいと思う。これは素人玄人関係なく。ぶっちゃけできがわるかったとしても、「ああ、これ作った人、原作に愛があるなぁ」というのが伝わってくればわりと満足できる。もしかすると件の脚本家も「おれ、瞬ちゃん大好きで前から女の子にしたいと思ってたんだよね〜ブヒブヒ」みたいなコメントだったほうがむしろ好感をもったかもしれない(ほんとかよ)。

そんで、できれば原作を超えたるわくらいのおこがましさがアニメ制作者には(クリエイターとして)欲しいなぁといつも思っている。それが原作を借り受けて作品を新たに創る者たちの矜持だろ、と。

ここで昔話をいっぱつ。スラムダンクがアニメ化されて数話進んだある日、スラダンファンの友人と意見が分かれたんですよ。「漫画と寸分たがわぬ内容・脚本で退屈じゃね?」といったら、彼女いわく「原作そのまま動いてるのが見たかったからこれでいいんだ」と。
そういう声って原作ファンからは多いんだろうなとは思ったんだよね、そういうアニメ化作品増えてきてたから。でもさぁ、ぜーんぶそのまんまとかさ、それモノ作りとしてどうなの?って思うわけですよ。何度でもいうけど、ものを創る者としてのプライドどこいったわけ、他人のふんどしばっかり借りてさ。っていう。アニメ化した作品が面白いじゃなくて、原作が面白いからアニメになっても面白いんだねっていわれて嬉しいのかっていう、そういう話ですよ。
セイヤだってTVシリーズは原作から斜め上に突き抜けてすごかったわけじゃないですか。それが面白くて受けてたところもあったわけだし、今こうして話題が尽きていないのもあのアニメがあったからこそですよ。横光ファンは怒髪天だったそうだけどゴッドマーズだって面白かったじゃないですか。原作とは別作品だったけど、面白けりゃいいじゃん。
わたしは面白いものがたくさん見たいの。ひとつの作品で原作もアニメ化もそれぞれに面白かったら二度おいしいじゃんていうのを制作者のプライドがーとかにすり替えてるだけといえるかもしんない。
最近終わったBANANA FISHのアニメ化もさーとかもあるんですけど、キリがないんでやめるわ。

あっ待ってあとふたつ、ついでに。今回の件でファンから聞こえてきたコメントにもちょっともにょることがあったんですが…。
まずNetflixが諸悪の根源みたいなものいいを何度か見たのでそれはねーよっていうのをですね…。まぁ彼らも今回学んだことはあっただろうけれども、金回りの面で死にそうになってる日本のアニメ制作現場の黒船になってくれるんじゃないかと期待してるところなんで、Netflix自体はちょっとしばらく応援してあげてほしい。とりあえず制作委員会方式をぶち壊すくらいまでは。
あともうひとつは、瞬を女性にされたことをビジネスを重視した改変だと怒っといて、同じくビジネス的な事情で久織ちまきさんの絵じゃなく荒木絵でアニメ化されたセインティア翔については両手をあげて歓迎するのは筋通らねぇだろと思いますよ。あれはあれでちまきちゃんに失礼だし、制作側も新しいコンテンツを産む努力しないつもりなんだなって思うと本当にがっかりなんですよ。ちまきちゃんは喜んでるっていう見解もあるんだけど、そんなの自前の絵で描いてきた漫画なんだし、喜びつつも内心葛藤がないわけねーわと思うよ。

Ωもいいスピンオフがきたなぁと思ってたんだけど、なんか途中から無印ファンからだいぶぶーぶーいわれてい対立生んでたとか聞いたんで、セインティアも制作サイドがずいぶん弱気になっちまったんだなとは想像に難くない。かといってそれで仕方ないよねーとはとても思えず闘えよとしかいいたくないんですが。クリエイター、いやさ仕事人に必要なのは自画自賛力だよ。

以上えらそうなことをほざきつつも、実はセイヤの二次創作展開はいずれもあまりまともに見てなくてですねー…。
こちらで確認してみましたところ、ロスキャンを漫画喫茶で6巻くらい見たなーとか(しかも時間気にしての一気見だったからほぼ内容覚えてない)、Ωは半分くらいまでは見てたかなーとか、あとセインティアはアニメ化記念無料配信で2巻までは読んだこないだ。そんくらいでした。すいません。

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